埋もれた音を浮き立たせる音質調整テクニック

音楽を聴く時にオーディオ機器に備わっている”イコライザー”を用いて音質調整をすれば自分好みの聴き心地になる場合があります。

それとは違った用途でイコライザーを使用する場合もあります。それは主に音楽制作の時です。

録音した音素材やミックスダウン(各楽器の音量バランスなどを調整して一まとめにする事)したデータを、聴きやすくしたりインパクトのある音に変化させる目的でイコライザーを使います。

しかしそれだけでは意図した通りの音にならなかったり、必要の無い音まで変化してしまう事もあります。


・調整の目的と方向性

このページではイコライザー以外の音質調整の方法を紹介致します。

説明用として実際に手持ちの音源を使って調整しました。使った音源は古いゲームのBGMです。全ての楽器が中域の密度が濃い音で、ベースがかなり薄い状態です。

なかなかベースラインがいいメロディーなのに、それが聴き取りにくいのは勿体ないという状態なのでそれを聴き取りやすくしたいわけです。

今回はそのベースを持ち上げつつ、他の楽器の”分離感”もよくし全体的にも個々の楽器を聴き取りやすくするという調整です。レコードのデジタルリマスター版もこういう調整がよく施されています。

・狙った音域の抽出

音質を変化させる為には音源に含まれている”音”そのものが必要になります。

例えばライブの演奏を録音した時に、マイクが貧弱で一切ベースの音が入っていなければいくら調整してもベースの音は追加できません。

しかし薄っすらとでもベースの音域が入っていれば、低域だけを持ち上げればベースが聴こえてくる事があります。イコライザーで低域を上げても上手く行かない場合、次の方法を試します。

1.まずはイコライザーを使って”除去”する

ベース調整

私はDAWソフト(PC上で音楽制作を行うソフト)にProToolsを用いていますのでその画面を使って解説します。

普通イコライザーは狙った音域の音量を上げたり下げたりしますが、今回の音源ではベースの音程がよく聴こえる音域が400Hz付近でしたので、他の楽器の方が大きく目立ってしまいます。

しかし100~200Hz付近にベースラインの基音が少し入っていたので、まずはそれだけが聴こえるように他の音域を切り取ります。

そして一緒に聴こえるドラムのキック音を曖昧にする為にコンプレッサーを強めにかけます。この時点でもおおよそはベースが目立ちますが、もう少し味付けを施します。画像の上二つのプラグインです。

・エンハンサーの使用

まずはエンハンサーというプラグインを使います。元々ある音域を更にピンポイントでブースト出来るので、イコライザーよりも強烈に低域だけを上げています。

・音質のローファイ化

次にLo-Fiというプラグインを使っています。これは音質をあえて悪くする効果があります。何故そのような事をするかというと、狙った音以外を曖昧にさせる為です。

全体的にノイズが加味され音が潰れてしまいますが、これがベース部分の”均質化”に繋がりよりキック音を曖昧化させています。

それに加えオーバードライブ気味にセッティングしているので、よりアタック音が潰れて音が伸びるようになります。これでベースの低音部分だけが浮き立つようになりました。

2.全体をディレイで位相の調整

位相調整

次に行ったのはベース以外の部分を”ディレイ”を使って浮かせるというテクニックです。

イコライザーで低音をある程度カットし、軽くコンプレッサーでアタック感も調整していますが、それはオマケ程度です。

重要なのはディレイで少しだけ”位相をずらす”効果を使う事です。

・位相がずれるとは

この単語を説明するのはとても難しいですが、強いて言ってしまえば、「同じ音を同時に違う場所から鳴らしたら聴こえ方が変わる」です。

マイクを2本以上使って録音する時も意識しなければならないのですが、同じ音が違う場所で鳴ると、ある音域が強調されたり逆に掻き消されてしまいます。

この現象を逆手に取るためにディレイを使ったわけです。

・分離感を変化させる

ディレイの設定を1ms(1000分の1秒)にすればほぼ同時だけれど、音の重なる混じり方が変化します。

そうすれば音量のバランス次第でガラリと音の聴こえ方が変わりますので、そこは耳で聴きながら試していきます。

今回は各楽器を聴き取りやすくする為にパンニング(左右に音を振り分ける事)が原音よりも顕著に表れる部分に設定しました。

3.後は全体のミックス

先に調整した二つの音源だけを組み合わせるだけでも分離感の良いハッキリした音で、なおかつ目的であったベースの強調も出来ています。

これで調整を終了してもいいですし、今回は原音もそのままミックスに入れました。

そうする事によって”全体的な印象の変化”を小さくできるからです。元々中域がまとまっていた物を、どれ程ハッキリさせたいのかは好みなので匙加減で構いません。

・今回のテクニックの応用

今回はそこまで細かく音を切り取っていませんが、更に細かく楽器の音を狙いたい時があります。

その場合は更に細かいコンプレッサー操作やパンニング操作も行えば限界はあるとは言え調整の幅は広がります。

また楽器の音を録音して音質が気に入らないのに、録り直しが出来ない状況でもある程度はカバー出来ます。

積極的に”音を太くしたい”とか、”遠くで鳴っているようにしたい”とかもプラグイン一つで済む場合もあれば、今回のように組み合わせれば上手くいく場合もありますので、是非工夫してみるといいでしょう。